とりとめのない話。

大学生。日記や思い出話、時々アニメ・ゲーム。WEBが好きです。

【機会費用の話】授業をさぼることは悪いこと?

 今回は機会費用の話です。別のところで出す話題だったのですが出しそびれたため、せっかくなので投稿させていただきます。

 もう2週間ほど前になりますが、いつも通り起床して、余裕を持って大学へ行きました。しかし、構内を歩いていると違和感を感じます。朝早いせいか普段も人気は少ないのですが、今日は普段以上に人がいないような……?教室に座っている人の数も心なしか少ないように感じます。

 どうやらその日はGW中日ということで、自主休講する学生が少なからずいたようです。今年のGWは月火と休めば9連休ですからね。海外旅行にだって行けちゃいます。もちろん体調不良や止むを得ない事情で欠席している方もいますし、大半の方は講義に出席しています。

 自主休講が悪いと言いたいわけではありません。大学は義務教育ではなく、サボろうがサボるまいが全ては自己責任と私は考えています。大学に行かないことでそれ以上の価値ある何かを手に入れることができるのであれば、大学を休むのも一考です(ただし人に迷惑をかけない前提で)。大切なのは「価値の高い行為は何か」です。

 機会費用の話をしましょう。
 機会費用とは、簡単に言えばあるものを得るために諦めたもの、つまり「他の選択肢を選んでいれば得られたはずの利益」を指します。

 例えば私たちは、大学の講義を受けるために入学金や授業料を費用として支払っています。人によっては交通費などもかかるかもしれません。それらの費用とは別に、機会費用として「その時間にできたかもしれないこと」も私たちは失っています。だってもし大学へ行かなければ、アルバイトや自主勉強、イベントやライブに参加することだってできますよね。

 それでは講義を1回休んでアルバイトで1万円稼いだ場合、その人は得をしたと考えるべきでしょうか?
 細かい計算は省きますが、入学金や授業料、講義数等をもとに算出すると、国立大学の講義1回分の授業料はだいたい2300円くらいです。授業料は無駄になりますが、アルバイトで1万円稼げば十分お釣りが出ます。しかし、「講義に出ていれば得られたはずの知識」は得ることができません。その結果、単位を落として留年し、さらに仕事先で困ることもあり得るでしょう。機会費用は未来に得るはずだった利益にも影響を与えます。

 人によって「価値」は変化するとは思いますが、こと金銭面に関しては、将来のことを踏まえた判断が必要になるかと思います。とりあえず、私にとっては講義に出席して学ぶ方が他の何よりも価値が高いです。

 それでもやっぱり、私も遊びに行きたいなと思ってしまいますけどね。